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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
この8月で、
「大庭栄と峯子の戦火のラブレター」ブログも3年目になります。
初心忘れるべからず・・・ということで
最初の記事を見ると
「大場書簡を読み解く会」発足の経緯が書かれ
私と大庭栄・峯子の出会いが紹介されています。
今でも、驚きをもってこの出会いのエピソードを
思い出すことができます。
郷土に、映画の主人公にもなる人がいたという驚きです。
そして、
ドンジョーンズ氏の日本兵に対する畏敬と
戦争を忌まわしい思い出として葬り去るのではなく、
国のために立派に生きた人たちがいたことを
後世に伝えたいとの平和な世界への想いが
とても重みをもっている
タッポーチョ 敵ながら天晴れ 大場隊の勇戦512日」の
あとがき(追記)が
いつも原点です。



ドン・ジョーンズ氏によるメッセージ
序文
「本書を、自らの国のために全力を尽くし、
報われることのなかった、現代の日本人の父親たちに、
祖父たちに、伯父たちに捧げる。」

あとがき
 私は今日の日本で、1945年(昭和20年)以降に生れた人たちの間では、
日本にあった戦争についてあまりにも知られていないことが残念で、
この本を書きました。
 (中略)多くの人たちの間に、
戦争のことを言うのに恥じる感覚があるということでした。
そして、その恥の感覚は、事実に基づいたものではなく、
知識の欠如に基づいたものでした。
 この人たちは、自分たちの父や祖父や叔父たちが、
自分たちの国を守るために戦った精神について、
何も知りませんでした。
もっと驚いたことは、その人がしたことに
なんの尊敬の念も払っていないことです。
 私は、このことをとても残念に思います。
日本の兵隊は、よく戦ったのです。
彼らは、世界の戦士たちの中でも、最も優れた戦士たちでした。
彼らは、自分た ちの国のために生命を捨てることを恐れませんでした。
私は、そのことを、
こういう兵士たちと三年戦いましたから、よく知っています。
 しかしこの本は戦争の物語ではありません。
日本とアメリカとの双方で、
多くの人たちは自分が作ったわけでもない恐ろしい状況に、
どのように反応したか、と言うことを書いた物語です。
双方の人たちは、それぞれ信じていたことをしたのです。
 ・事実(この本に記した真実を日本人が知れば)によって、
現在の知識の真空状態は埋められることになるでしょう。
また、先述の恥じる感覚は誇りに変わるでしょう。
 ・そして、それらのページは、
今日の若い日本の人たちにとってだけでなく、
その人たちの子供や孫にとっても、誇りの源泉になるでしょう。
それが、私がもっとも強く持っている願いです。
               1982年11月 ドン・ジョーンズ

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大場書簡を読み解く会
性別:
非公開
自己紹介:
2011年2月に出版。
引用文の無断コピーはご遠慮下さい。

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