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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
現在、2月末までホテル竹島で、
栄さんと峯子さんのラブレターの一部
竹島海岸関連部分のミニパネル展示中です。
お手紙の抜粋の他、
栄さんがモデルになったサイパンでの活躍を描いた
映画「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~」の紹介パンフレット、
峯子さんの「本当の最後の手紙」コピーと現代仮名翻訳も展示しています。
この手紙は、投函されなかったため、別になっていて発見が遅れ
出版本には編集されず漏れてしまいました。
栄さんがサイパンで生きていると分かってから、
おそらく実際に帰国できると連絡があってすぐ書かれたものと思われます。
この手紙から、判明したことが多々ある貴重なお手紙となっています。
本編のコピーは、縮小版で読みにくいですが、
裏に現代仮名遣いにしたものを付けていますので、
ぜひお手に取ってご覧ください。
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栄さんと峯子さんの思い出の初デートは、
2月の竹島海岸でした。
お手紙の中では、「蒲郡海岸」とも書かれています。
当時は峯子さんのいた三谷町は宝飯郡でしたから、
竹島のあたりは蒲郡海岸と言ったのでしょう。
また、保養地として別荘もいくつもあったようで、
栄さんは別荘前とも書いています。

2月の海岸は、風も冷たく、
カモメやトンビが飛んでいるくらいですが、
沖の白帆を数えて二人で過ごした時間は、
いつまでも懐かしい思い出として残っていたようです。

ホテル竹島のロビーでのミニパネル展示は、2月いっぱい開催しています。
ラウンジで、竹島やカモメを見ながら
コーヒーいただいてきました。
年初めにご案内しましたが、
お二人の記念日に合わせての、2月いっぱいのミニパネル展示会です。

2017年 2月1日(水)~2月28日(火)
ホテル竹島 エントランスロビー


どうぞお出かけください。




昭和2年、アメリカから日本の小学校へ送られた
たくさんの青い目の人形のお話はご存知でしょうか?
栄さんの赴任先でもあった御津南小学校にも、ヘレンがいます。

そのお礼にと返礼された50体の日本人形のひとつ「ミス愛知」
こちらのブログでも以前紹介しましたが、
今年の夏にミス愛知の里帰りが予定されています。
親善大使としての答礼人形の里帰りを実現させる会の
シンポジウムの報告ページのご紹介(昨年12月に開催)。


夏が楽しみですね。


来る2月いっぱいの予定で、ミニパネル展示会を開催します。



クリックすると多少大きくなりますが、
PDFでもご覧になれます。

昨年も展示しましたが、今年もホテル竹島さまにご協力いただいて、
エントランスロビーでのミニ展示です。

竹島は、強力なパワースポットだとかで、
若い恋人たちの聖地(?)と注目されているらしい。
そういえば、初詣にも若い二人連れが結構きていましたし
普段でもよく見かけます。

ミニパネルは、栄と峯子の交わしたお手紙の中で
「蒲郡海岸」=竹島海岸の出てくる部分です。
出版本の中に限っても10か所もあります。
掲載されなかった部分も含めたら、
かなりの頻度で記述されています。
二人の記念日は数ありますが、その中でもひときわ大切な日が
初めてのデートをした「2月11日の蒲郡海岸」だったのです。
あの日の恋人時代からやり直しましょう」と峯子は何度も書いています。
ぜひ、二人の思い出の蒲郡海岸の見渡せるホテルで
お二人の恋人時代を思い起こしてみてください。
昨年の様子


昨年の2月に、大場栄と峯子のお手紙の一部
思い出の竹島海岸でのデート関連の
ミニパネル展示(2016)をしましたが、
今年も、記念日の2月に合わせて、
竹島海岸の見えるホテル竹島ロビーで開催の予定です。(2月中)

二人にとって、「2月11日」は、恋人時代の始まる記念日だったのです。
9年間にわたるお手紙の中で、何度も何度も記述されています。
(出版本のなかでは10か所くらいですが)
二人の心に深く焼き付いた初めてのデートが、竹島海岸だったんです。

しかも、2011年の2月11日は、栄さんをモデルにしたサイパン島での活躍を描いた
太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~」のロードショー初日でした。
映画は、太平洋戦争の終戦間際~その後のお話ですが、
峯子との手紙は、昭和11年~17年ごろ、
主に日中戦争で栄が中国にいた頃に交わされたものです。
映画の中の「大場栄大尉」とは別の側面が、手紙から察せられます。

二人のドラマチックな生き様の、ほんのわずかな部分ですが、
ミニパネル展示で少しでも触れていただけたら、と思います。


このカテゴリーの記事を読む
「読み解く会活動」












初詣は、地元竹島さんの八百富神社へ。

お正月は、本殿両脇の提灯が菊の御紋です
毎年、家族連れや若い二人連れなど、多くの参拝客で賑わいます。

正月以外でも、当時の兵士の家族は武運長久祈願に
普段から神社にお参りをしていた様です。
大場家の人々は、特に信心深く、
栄の父親は毎日の五社参りを欠かさなかったとか、
峯子も小さな子を連れて本宮山に登ったりしています。
本宮山からは富士山も見えたらしい。
今でも見えるんですか?

栄が戦地で戦傷を負ったとき、
こんなに軽く済んだのは君たちのおかげ」と言っています。
今年もあと数日。
新しいカレンダーをかけ替えながら、
栄と峯子がやりとりしたなぞかけを思い出しました。
戦地で毎日1枚ずつ減っていく栄の日めくりの1枚に、
赤字で残りの数字を書き込んで
「わかるかい?」と峯子に送った謎かけです。

2016年は、自衛隊の海外での活動が平和維持の範疇を超えてしまうという
大きな動きのあった年。
平和憲法の解釈次第で、兵器も使える「軍隊」であることが
明らかになった歴史的な年でした。
新しい年は、
命が大切にされる国になってほしいと思います。


今話題のアニメ映画「君の名は。」
わたしはまだ見ていませんが、
主人公の二人は互いの夢の中で入れ替わっているんだとか。

峯子も栄もよくお互いの夢を見ていました。
 恥ずかしい初夢の話
峯子は寝る前に、夢で栄に会うために(?)化粧したことも。

===一部引用===
峯子  17年4月13日
昨夜また夢でお目もじいたしました。
休みます前に髪をといて・・・・
クリームを肌にすり込んで軽くパフで粉白粉をはたいてみました。
「寝化粧などして峯子ったら誰に見せ様と言うのかしら」と、
一抹の哀愁にそそられながら、
鏡の中の美しく化粧した顔に笑いかけて休みましたの・・・・
峯子のやるせない思いが届きましたのでございましょうかしら。
一弘を真ん中にして、三人で寝ていましたの。
お顔もありありと拝見いたしましたのに、
一言も何にもおっしゃっては下さいませんでした。
でも今日一日思い出してはとても楽しみでございました。

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ブログ内検索のキーワードに「夢」関連ワードを入れたら、
たくさんヒットします。
10月14日は鉄道の日だそうです。

栄と峯子のお手紙にも、
鉄道の話題はいくつも出てきます。
思いでのみかん畑を通ることになるらしい弾丸列車のはなし
列車で移動する兵隊さんを見て栄と見間違えた話し
戦地に向かう新兵の駅での見送り
門司まで栄を見送った帰りに長男と車内でのエピソード、
妹婿に会いに行った浜松の辺りのアクシデント
あれこれ鉄道の出てくる話がありますね。


豊川9条の会記念講演
10月15日(土) 13:30~
豊川市文化会館 中ホール
「ジャーナリストが斬る日本の深層」
講師の 青木理さんは、話題になっている「日本会議の正体」の著者です。

参加費 1000円
告知が遅れましたが、是非
お時間のある方はどうぞ。
8月15日放送のNHKテレビ「ふたりの贖罪」は、
とても感動を呼ぶストーリーだった。
日米二人の元軍人が、それまで相手国に対する敵意識:憎しみを
聖書の言葉に感銘し回心、キリスト教の神父となって
それぞれの「敵国」を伝道して回ったというドキュメンタリー。
二人の間には共通の意識
聖書の中の言葉「汝の敵を愛せよ」があり、
伝道中にも多くの人々の憎しみの心を溶かし癒してきた。
天国では二人は「兄弟」としてであっているかもしれない。

思い出されたのは、
戦後30年くらいのビデオにあった、大場栄さんがサイパンでの慰霊祭に参加したとき。
サイパンで生き残った元日本兵らと、タッポーチョの著者ドンジョーンズとが「戦友」として
隠れてゲリラ戦を続けていた山道を仲良く歩くシーンや
元敵将が来日して栄さんと当時を語り合う交流の記事。

同じ空気を吸うあちら側とこちら側にいても
理解し合うことで「無知」から「理知」に代わる。変えられる。

聖書の中の言葉から(無知は無理解を生み、無理解は憎悪を生む)
無知から生まれる憎しみの連鎖を断ち切ることこそ
「ノーモア パールハーバー」であると番組は締めくくる。

武器では国は守れない。

冒頭紹介の番組の最後、淵田さんの娘さんが米国人と結婚
(反対する家族の中でただ一人の理解者は父だったそうだ)し
アメリカで暮らしているが、国を超えて親戚になれば
「日本人」とか「米国人」でなく
「そうすればただ『人間』になるね。」と彼女の夫の発言。

番組は再放送されるかもしれませんね。
オンデマンド再放送リクエスト





豊川には、海軍工廠という当時国内はおろかアジアでも(?)最大の軍事工場がありました。
アメリカ軍の標的となって、昭和20年8月7日、大空襲となりました。
6日と8日の間です。
昨年は、70周年ということで、
豊川市では空襲疑似体験イベントが開催されましたが、
今年はどうでしょう?
豊橋市は、平和宣言都市として、サイレンを鳴らすそうですが、
各地の平和宣言都市では、戦争の愚かさ、悲惨さを忘れないように
どんなことをしているのでしょう?

参議院議員選挙や東京都知事選挙で、
新防衛庁長官が「核武装」を否定せず「新型ミサイル導入」などの発言があったり、
東京核ミサイル配備」構想の新都知事が当選したりと
日本はどんどん武装・軍事化されていく方向が見え、
とても心配です。
武器を持てば、攻撃目標になるのです。
武器で安全は作れません。
昭和の始めに、アメリカから青い目の人形が12、000体も
日本全国の小学校に贈られた 話は、以前にも書きましたね。
この近くでは、栄が若い頃赴任して峯子とデートもした
現在の豊川市御津南小学校に残っているそうです。
(戦争の時代に失われたり捨てられたりして
全国では300体ちょっとしか残っておらず
愛知には三河に9体残存しているのみですが。)
そのお礼に日本人形を答礼として全国各県から
合計58体の人形が親善大使としてアメリカ各地に届けられたそうです。

ここ何年かで、静岡、三重、岐阜などに、人形のお里帰りが実現しています。
もう90年近く前の事で、傷んだりしたものを修復して展示したり
平和のこころを伝える民間親善外交として活動している団体によって、
愛知県のミス愛知は来年の夏に企画されているそうです。
ミス愛知展示
当時としても品質の高い、とても精巧で品のよさが香る美しい振り袖の日本人形は、
アメリカの少女だけでなく大人にも感動を呼び起こしたのでしょう。
アメリカの図書館や美術館に展示されていました。
失われたものもいくつかあるようですが
歴史を見てきた民間の平和親善大使です。
愛知に里帰りしたらぜひとも見たいですね。
5月3日は憲法記念日
憲法記念日は
1946年(昭和21年) 11月3日 - 日本国憲法公布され、
1947年(昭和22年) 5月3日 に施行された日本国憲法を記念し
翌1948年にできました。

現在の日本国憲法は、第2次世界大戦が終わり、
日本の再建の基礎となったものです。
下手をすれば
敗戦国として戦勝国の植民地となれば「国語が英語」になったかもしれなかったのでした。
しかし当時の英知を集め、
日本が二度と戦争をしない、巻き込まれない平和を希求し
女性参政権をはじめとする
人間の基本的人権や自由の尊重が
大きな柱になった日本国憲法ができます。
平和憲法とも言われる第9条は、
アメリカの押しつけと言われていましたが、
そうではなく、当時の内閣総理大臣幣原 喜重郎(しではら きじゅうろう)氏がマッカーサ氏に提案(病床にて熟考)したと
いう事実が明らかになっています。
ただ、見掛け上、GHQが作ったものと言わしめた
(晩年の本人にインタビューした平野文書より)といわれています。

また、日本以外にも
平和的条項を持つ国々は沢山あります。

大場栄をはじめ、当時の日本の兵士たちは、
軍部の命令のままに戦争に赴いていったのです。
戦時中は、言論も生活も統制され、
国の意向に反しては思うように振舞うことはできませんでした。

栄も手紙の中で
ポロっと軍人には似合わない心根を吐露してもいます。
運よく戦争から生きて帰れた戦争犠牲者は皆、
戦後に育った若者ももちろん、
今を生きている私達と同じ思い
二度と戦争をしないと誓ったこの憲法を誇りに思い、
恒久の平和を願っています。
宝飯銃後新報 17年3月1日号
「長沙市街戦に殊勲たてた 大場栄中尉は蒲郡町出身」

この記事は、大毎(大阪毎日)新聞を要約したものとしています。

この戦いには裏ドラマがあります。
長沙戦は1月のことですが、
栄負傷の記事はあちこちに書かれ、
峯子の17年1月24日、25日の手紙には
1月18日の新愛知新聞に大場隊の活躍とともに
大場栄(静岡出身)の戦傷記事があったと書かれています。
実際は静岡ではなく、蒲郡の大場栄の間違い記事だったと後に判明します。
====一部引用====
峯子 17年1月25日
一月十八日の新愛知新聞に、
大場榮隊長のめざましい戦功が記載されておりました。
そして、戦半にして、惜しくも傷付かれて、
水島少尉に後事を託して云々とございました。
大場隊長の住所は、静岡県浜名郡芳川村とございましたので、
色々と調べました所、大場范一中尉のご住所で、
貴方様のお名前が出ておりました由。
牧山のお母様も峯子も、きっと貴方様がご負傷なさいました事と
毎日案じております。
二日ばかり遅れて、大阪毎日にも、
同じような記事が記載されておりました。
やっぱり、大場榮、静岡県浜名郡芳川村でございました。
豊橋連隊司令部へも照会いたしました所、
どちらの大場とも分らないでしまいました。
人伝てに伺いますと、芳川村の大場家でも、専らご心配の由と伺います。
人一倍お寝坊の峯子も、日夜案じ暮して、夜も落着いて眠られない程でございます。


======

峯子や家族の心配は募ります。
宝飯銃後新報は、発行は月2回、1日と15日で、
1号は4面で構成されています。
前記事号の3面には、
「新嘉坡(シンガポール)の陥落を待って 郡では自粛の万歳行進」
とあります。
続いて、1面記事の衣料切符制の関連記事もありました。


大場隊の目覚ましい活躍
でシンガポール陥落はしたのですが、
記念行事は自粛で小規模におこなわれたようです。
峯子の手紙には当時の新聞のことが言及されていて、
17年2月11日出しの手紙(栄の怪我を知り、野越え山越え看病したいの手紙)にも、

===一部引用====
峯子 17年2月11日

ラジオニュースが、しきりとシンガポールのニュースを報じています。
九日午前零時から続々敵前上陸していますと、
昨晩臨時ニュースで申されました。
さすがの抗日摩都シンガポールも、
余命幾何もなく陥落する事と存じます。


===一部引用===
峯子 17年2月21日

前日は新嘉坡(シンガポール)陷落祝賀日(第一次戰勝祝賀日)が
午前中でございましたので、午後から御手伝いが出来、
夜は大勢の孫や曾孫で仏様にお詣りいたしました。


=====

と、祝賀の模様も書かれていました。






17年2月1日1面のトップ記事は、社説で「衣料点数切符制」です。
本文「いよいよ1月20日から「衣料点数切符制」が即日実施・・・」とあります。

衣料品の切符制度については、
峯子の手紙にも書かれています。

===一部引用====
峯子 昭和17年1月21日

一月二十日を期して衣服の切符制が発令されましたので、
二月一日からは切符がなくては何にも買えなくなりました。
(但し、繊維製品だけですが)一人一ヶ年八十点頂けますが、
ハンカチでも靴下でも点数なしでは買えませんから、
貴方様の防寒衣類は、是非ともお求め置き下さいませね。


======

社会も生活の困窮が彷彿とする大変な出来事ですが、
実は、このお手紙、この部分に続く内容がまたまた大事件だったです。
栄は1月の猛攻撃で負傷し、
新聞にも「大場中尉負傷」と報じられるのですが、
静岡出身と書かれていたので、
怪我をしたのは、本人なのか別人なのかと
峯子や家族はその真偽が分からず心配した手紙だったのです。
このドラマティックな出来事は、栄の手紙が届くまでの間
峯子は不安と闘いながらも覚悟を決めます。
激しい戦いで怪我をした大場中尉の記事(誤報)は、新愛知新聞には載っていますが、
宝飯銃後新報には、殊勲と讃えた記事のみのようです。
(1カ月以上経ってからの3月1日「長沙市街戦に殊勲の大場中尉」と出ています。)
(出版本には、この引用部分は非掲載になっています。)





蒲郡図書館へ行ってきました。
先週の東日新聞に載っていた「宝飯銃後新報」の閲覧です。

はい。収獲ありましたよ。
いくつか大場栄さんの関連記事が見つかりました。
・竹馬の友・戦友の追悼文寄稿
・栄の戦傷(腕)記事
長沙作戦でのめさましい活躍
大場隊の武勲
ほか、家族に関連した記事もありました。
・宝飯銃後新報スポンサーに峯子の兄平野優さんの名前
元三谷町長 国防軍に寄付
・三谷女青の慰問文 平野きくゑさんの投稿
・平野利之さんの慰問文
ほか。

出版本の関連のお手紙と突き合わせて新聞記事を読んでも面白いですね。
出版本には掲載されていない部分もありますが、
このブログ内検索でも「宝飯銃後新報」はキーワード検索でもいくつかヒットしますので、
検索してみてください。

戦地には手紙や慰問品の他、新聞や雑誌・週刊誌も送られていたようで、
情報が乏しい中で、貴重なニュースや楽しみになっていたようです。
峯子の妹が所属していた女子青年団から「宝飯銃後新聞」も大場隊宛てに送られていたようです。



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HN:
大場書簡を読み解く会
性別:
非公開
自己紹介:
2011年2月に出版。
引用文の無断コピーはご遠慮下さい。

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