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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
昭和12年3月16日生まれの栄の長男 一弘君は
やんちゃお茶目だったようですね。
峯子や家族に囲まれ愛情いっぱいに育ちました。
でも、戦時中で物が不足したり不自由な生活の中、
峯子の母として育児は苦労が多かったことでしょう。

同じ3月生まれの栄は、
手紙と一緒に、子どもへのプレゼントについて書いたり、
僕にも慰問袋を送ってくれ等と言っていました。
子どもが生まれた年の秋、
まだ歩きもしないうちに戦場に召集された栄にとって、
子どもの成長のニュースやそれが書かれた峯子からの手紙が、
戦地での大きな楽しみだったのです。
峯子の手紙には、本に掲載されなかった部分も含め
子どもについてかかれた記事が多く見られます。





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明治5年9月12日(旧10月14日)は、新橋ー横浜間を初めて記者が走った日です。
(現在の鉄道の日は、10月14日です。)
昭和10年代の鉄道は、シュッポシュッポと蒸気を上げていたようです。

===一部引用===
峯子  14年9月28日
片言ながら大変色々な詞が語れますので可愛いくなり、
幼いながら色々な思いがけない名言をはいて皆を笑わせます。
「坊やの父ちゃんは?」って問いますと
「僕の父ちゃん兵隊さん シャポポ乗って漢口行っちゃった}と申します。

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なお『汽車ポッポ』(きしゃポッポ)
富原薫作詞、草川信作曲の日本の童謡ですが
2007年(平成19年)に日本の歌百選に選出されています。
1937年(昭和12年)にレコード用の童謡『兵隊さんの汽車』として世に出たそうです。
歌詞も現在のものと一部異なり、
蒸気機関車(汽車)に乗って出征する兵士を見送る内容でした。
ウィキペディア 汽車ポッポより)
一弘君も幼い口で歌ったのでしょうね。



17年の1月、激しい戦いで功をあげながらも負傷した栄。
新聞で戦傷の記事(誤報)を読んで
翌月になっても栄からの手紙が届かず、
心配する家族です。
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峯子  17年2月6日

一弘ちゃんは、今宵も
お父様はお傷の痛みで御手紙が書けないんでは無いかしらと、
心配そうにお首をかしげて聞きに来ました。
峯子が口に出せば、幼い者の心を憂いにとざされるからと、
なるべく一弘ちゃんの前では云わない事にしていますのに・・・・
以心伝心とでも申すのでございましょう。
峯子の案じて、
でも恐ろしさに口に出し得かりし言葉を、
一弘ちゃんの口から聞かされて益々案じられて参ります。


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負傷の程度も分からないまま
峯子は、最悪の場合も頭をよぎり、
覚悟を決めます。

柿は、東三河では名産で
豊橋(石巻)も幸田の筆柿も美味しいです。
今朝、いただきものの柿を食べながら
長男一弘君のエピソードを思い出しました。

柿の夢は、一弘君でしたが、
峯子も栄も、何度も夢で逢っています
というキーワードで
ブログ内を検索しても、
面白い記事が探せるかと思います。



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子どものエピソード



毎月19日は、子育ての日
ということに、愛知県ではなりました。
育児のいくだからってゴロ合わせですね。(^^;)

峯子の子育て中には、
行政の支援は無かったかもしれませんが、
親や家族や地域が一緒になって、子どもをはぐぐむ環境があって、
今のように核家族化した時代とは違って
一人悩むということは無かったでしょう。

でも、峯子は父親不在の淋しさ
子どもの成長を喜びながら
乗り越えていたのでしょう。
手紙の中に、
「母」としての峯子の成長も見えます。





子煩悩な栄は、
たびたび息子への手紙を書いていますが、
入院中はたっぷり時間もあったようで
幼稚園に行くまでに成長した子ども宛の手紙を
続けて書いています。
以下は峯子宛の手紙に同封されたもの。

===一部引用===
栄 17年1月

一弘チャン
明けましておめでとう。
一弘君は今度六つですね。
今年から幼稚園ですね。
四月から元気で幼稚園にかよいなさい。
この間お母さんの送って下さった慰間袋の中に入っていた
「航空図鑑より飛行機の飛出す」絵は
大変上手に書いています。


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当時の男の子らしく、
航空母艦や飛行機といった題材で描く絵が多かったのでしょう。
一弘君の絵は、時折送られてくるらしく、
以前より随分上手く書けるようになったと褒めています。
前の年の7月に一時帰国をしていますから、
その頃に見ていた絵と比べていたのかもしれません。

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子どものエピソード







17年の1月、3ヶ月後の新学期から
幼稚園に通うことになる一弘君です。

===一部引用===
峯子17年1月

幼稚園に希望を持たせるべく、
折にふれては語り聞かせました所、
この頃は自分でも時々幼稚園の話をいたします。
先日等は「嬉しいなあ。僕もう直ぐ幼稚園へ行けるから」
と申していました。


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子どものエピソード















峯子は、
オーバーコートを外套(がいとう)と言っていましたね。
一弘を連れて外出する時は、外套を着ていきます。
栄は、君は外套を持っていたかね?と
心配しています。

===一部引用===
峯子 16年12月

一弘ちゃんの外套の事、
先便で御心配下さいまして、有難うございます。
一昨年の冬、髪置きの祝いに、
純毛の少し大きい目のオーバーを、
三谷で買って頂きましたのが、
今年はちょうどようございますので、外出着にしています。
色は明るい灰色で胸にイカリの飾りがあり、
衿は黒い毛皮が付いていて、
一弘ちゃんではない様に可愛く見えます。


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一弘君の従妹たち(栄の妹)には、
峯子手作りのコートを仕立てて
プレゼントしています。







栄と峯子の長男、一弘君は、
幼いころは病気もして心配もさせましたが、
幼稚園に上がる頃には丈夫になりました。

===一部引用===
峯子 16年12月

一弘ちゃんは、寒い風にも負けないで
毎日戸外で遊び廻っています。
おかげで今年は風邪ひとつ引かないで、
本当に楽でございます。

中略
一弘ちゃんの六歳の年に、
幸あれかしと日夜念じています。


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峯子は、栄に自慢できるよい子に育てたい一心で
子育てに打ち込みます。


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子どものエピソード
















峯子は、栄に
写真を何度か送っています。
子どもの成長は早く、
栄も峯子も
次に会ったら見違えると言っています。
でも、写真を撮るときに
一弘君は、緊張からか
よく泣いたらしく
峯子の困った様子が思い浮かびます。

でも、
16年夏の栄の一時帰国を境に、
父親像」がハッキリして
言いつけを守ろうとする一弘君が見て取れます。





昨日の記事で柿の話を書きましたが、
長男一弘君は柿の夢?を見ています。

======
峯子 15年8月29日

一弘ちゃんは、まだ昨夜の眠りから覚めないでいます。
昨夜一貫さんに柿を頂きましたので、
今朝はその夢を見ているのでしょう。
「渋くはないよ、美味しいよ」
なんて寝言を言っています。

======

文中の一貫さんは、栄の末の弟です。
一弘君が4歳半ぐらいのころでしょうか?
美味しい柿の夢で寝言を言うなんて、
可愛いぼうやですね。


峯子の夢には
よく栄が出てきて、何度も夢について書いています。
栄も、峯子や一弘の夢を見ています。
夢の中でお互いの姿を追い求めているようです。


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峯子は、一弘を丈夫に育てることが
自分の使命と一生懸命です。

===一部引用===
峯子  14年11月8日

一弘に、今年の冬を何として越冬させようかと
今から案じております。
外見上は健康体と何等異なりませんけれど、
気管支は後々が大事だとお医者様もおっしゃいますので、
充分注意してがん張りましょうと存じます。


=====

長男一弘君は、(どこの子もそうでしょうが)
幼いころはあれこれ病気もして
峯子に心配をさせたようです。
手紙には、悪いことは栄に心配させてもいけないと
あまりかかれませんが。
でも、幼稚園に上がる前頃には、
「大変丈夫になって助かっております」と
書かれています。


風邪の季節になりました。
ビタミンCたっぷりの蒲郡名産のみかんでも
召しあがってくださいませ。










10月に入り、夜になるとあちこちから
祭りに向けて笛太鼓の練習の音が聞こえてきます。
蒲郡市内では神社によって毎週のようにお祭りが続きます。

当時も同じように祭りの前になると
笛や太鼓の練習をしていたのでしょう。
特に、峯子の実家の辺りは、
江戸時代から伝わる伝統的な三谷祭で盛大に執り行われます。
上区(あげく)のお囃子については、
三谷祭公式ページにも紹介されています。
祭りを殊のほか楽しみに大事にしていますから、
まだ一弘の小さなころから
背中におぶって練習も見に行っていたようです。
年ごとに祭りを楽しむ様子も書かれていて、
踊りを真似するようになったと子どもの成長を
微笑ましく喜んでいます。

二人も祭り御神楽にかかわる思い出は
いくつもあり、何度も書かれています。










13年9月、長男一弘君が1歳半の頃、
数えでは二つですから、
文面には、二つとあります。
毎日見る
トウチャンの写真は軍服姿です。
===一部引用===
峯子 13年9月28日

新聞でも雑誌でも
軍服を着た兵隊さんさえ見れば
父ちゃんと申します。
先日も将校さんが三谷に見えられた時、
「兵隊さん僕のお父ちゃん?」って
将校さんを面喰らわせました。
「一ちゃん幾つ」って聞きますと
「二つ」と申しますので、
「御利巧ね」っておだてますと
「ウン」って嬉しがっています。


====

栄が出征して約1年経った頃のエピソードです。
お口も達者な様子です。
絵本を見て喜んでいる様子が書かれています。
長男一弘君の5歳の夏休み。

===一部引用===
峯子 16年8月19日

先日一弘ちゃんが、「海へ行く」と申しましたので、
午后から連れて行きましたところ、
波のうねりが高いので恐ろしがって
海へ入らないでしまいましたので、
乃木山の裾まで歩いて帰りました。
お船には平気で乗れる子が、
どうして波を恐れるのか峯子には分かりません。
去年も三度も連れて行きましたのに、
塩水に足を浸さないでしまいました。


====


盆も過ぎると、波が荒くなりますね。
峯子が連れて行った海岸は、
乃木山の近く、
今の若宮公園の辺りの浜でしょうか?
一時帰国の後の子どもの成長ぶりには、
峯子も驚いています。
父としての栄」の存在が大きかったのでしょう。

===一部引用===
峯子 16年8月14日

是は少し言いわけになりますけれど、
御在郷当時、取りわけ一弘ちゃんが甘えましたのは
久々の御目もじで恥ずかしさを子供心にも感じ、
その気持を紛らす為に、なおさら甘えました事と存じます。
でございますから、
この頃は一人でとてもよく遊べる様になりました。
この頃は御目覺めにも眠るにも絶対に泣きはいたしません。
お顔も一人で洗います。
お布団をのべれば
一人で枕を探して「お休みなさい」と
お写真に御挨拶して休みます。


====

「父」の存在感が子どもの成長に大きく影響したと
感じるお手紙です。
16年の7月~8月、栄は一時帰国しますが、
その前後で、長男一弘君の中の「父親像」が
変わった事と思います。
栄が戦地に行った12年10月は、
まだ8カ月で幼かったため、
父の顔もよく分からずにいた事でしょう。
でも、一時帰国をした夏、数えで五つの一弘君は、
しっかり父親の存在感を感じます。

===一部引用===
峯子 16年8月15日

今朝、一弘ちゃんがお早うございますの御挨拶の後
こんな事申しました。
「お父ちゃんのお写真を下へ降ろして下さい」
「どうして?」
「お父ちゃんのお顔忘れてしまいそうだから、よく見たいから」
一弘ちゃんの手の届く処へ降ろしてやりました。
私の口癖を覚えた事と存じます。
「淋しいねえ、お母さん。お父様がいらっしゃらないから」と
ませた口調で申します。


====
子どもの話題は、栄が一番関心を持っているからと
毎回のように触れられています。
まだようやっと歩きだした頃の一弘君の逸話です。

===一部引用===
峯子 13年7月

利之ちゃん(峯子の兄の子:一弘の従兄)の
する事は、良い事でも悪い事でも、
直に真似をするのには本当に困ってしまいます。
利之ちゃんが大きな声で
お母様に一銭おねだりしているのを聞いていまして、
私の前へ来て可愛い手を出して
「あゝちゃんゼンゼン一セン、ゼンゼン」って
負けないぐらい大きな声で言いますので、大笑いいたしました。


======

1銭て、子どものお小遣いくらいなんですか。
当時の貨幣価値ってどのくらいなんでしょう。
俸給と比べると分かるかな。
もう夏休み。
今年はあまり蝉が鳴きませんが、
蝉取りしたり、海で泳いだりと
二人の長男一弘君もたくましく育っていきます。


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子どもは汗をかきながらも遊びまわります。
17年 7月
===一部引用===
峯子

一弘さんも急激な暑さに、
汗もを大分作りました。
それでも子供でございますわね。
日中でも体中を汗でじとじとにいたして、
戸外で元気よく飛び廻っています。


====
栄も汗かきだったようですから、
一弘君の汗かきも、遺伝でしょうか?
ここ連日30℃を超す暑さ。
35℃を超える日は猛暑日というんだそうですね。
支那の夏は、これを超える暑さ??
汗かきの栄の労苦を想う峯子に習い
「暑い」とは言わないようにします。

さて、暑い日は冷菓も食べたくなります。
でも長男一弘君は、おりこうさんに
幼稚園の先生の教えを守っています。

===一部引用===
峯子 17年夏

一弘ちゃんの近況をご報告申し上げます。(中略)
「先生がキャンデーを買ってはいけません」と
御注意下さいましたそうでございますから、
店の前を通っても決して買って下さいと申しません。
また、お節句の日には
「お柏餅を沢山いただくとお腹が痛くなるから、
あまり食べないように」と御注意下さいましたので、
自分は勿論の事、私や祖母にさえ、
そのたびに注意してくれました。
「お祖母ちゃん、そんなに食べてもいいかね。
お腹が痛くなると困るよ」ですって。


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性別:
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自己紹介:
2011年2月に出版。
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