日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。
栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
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お手紙の原本は、コピーして1000枚以上?
(数えたくない程あるんだわ・・・)
1通のお手紙は、便箋にして4~5枚。
ハガキや小さなサイズの軍事郵便にも
小さな字でびっしり。
筆まめな方たちだったと感心します。
でも、筆まめというより、戦地での楽しみといえば
もう、郷里のニュースが一番慰められるからなのでしょう。
戦地の夫は、何度も催促しています。
あまり手紙が来ないと、すねたりしています。
でも、郵便事情が今とは違いますし
必ずしも出した順に手元に届くとは限らなかったようですね。
時には航空便もあり、
お互いの気持ちを伝えあっています。
そんな気持ちをなるべく原本に近い言葉で、
と配慮しながら
読みやすい現代語に直しています。
1通のお手紙は、便箋にして4~5枚。
ハガキや小さなサイズの軍事郵便にも
小さな字でびっしり。
筆まめな方たちだったと感心します。
でも、筆まめというより、戦地での楽しみといえば
もう、郷里のニュースが一番慰められるからなのでしょう。
戦地の夫は、何度も催促しています。
あまり手紙が来ないと、すねたりしています。
でも、郵便事情が今とは違いますし
必ずしも出した順に手元に届くとは限らなかったようですね。
時には航空便もあり、
お互いの気持ちを伝えあっています。
そんな気持ちをなるべく原本に近い言葉で、
と配慮しながら
読みやすい現代語に直しています。
何十年も押入れに眠っていた戦場からの古い手紙や、
娘だった頃の戦争時代の体験談とか、
相次いで出版されていますね。
同じような話題の
テレビの番組でも報道されていたし。
大場栄さん・峯子さん同様、
その時代に生きた多くの人が暮らしてきた
または、戦場で体験したことが
オーバーラップするような内容が詰まっています。

参考にしながら読み解いています。
娘だった頃の戦争時代の体験談とか、
相次いで出版されていますね。
同じような話題の
テレビの番組でも報道されていたし。
大場栄さん・峯子さん同様、
その時代に生きた多くの人が暮らしてきた
または、戦場で体験したことが
オーバーラップするような内容が詰まっています。
参考にしながら読み解いています。
お手紙の原本は、触ると破れそうだったり
もう既に縁がボロボロしていまして、
(何しろ古いからね。こんな感じ)
コピーを取って読み取り作業をしています。
そのコピーもですね、
便箋が真っ白じゃなくって
インクとの
コントラストが無かったりしてまして
時にシミになってる部分もあるものですから
もう、判読不明!!
変体仮名っていうのでしょうか
半分崩した文字もあるし
画数の多い今では使わない旧漢字だらけで
本当に読みにくい(><)
ですが、内容の面白さに
つい読んでしまうのです。オホホホ← 時にでてくる峯子の笑い声www
お二人とも20代の新婚さんだったんですから
そりゃ~分かれて暮らすのは寂しいでしょう。
お見合いとか家の都合とかでなく
もう、好き合って結婚したお二人ですもの
無理ありませんよね。
と、楽しみながらバラバラ読み取ってきました。
と、、、、、、、そこで、
「タッポーチョ・敵ながら天晴(あっぱれ)大場隊の勇戦512日」をもとにした映画
「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~」が
2011年2月11日より公開されます。
もう予告編がでているんですって!?
オフィシャルサイトで15秒の動画もありました。

竹野内豊さんの凛々しい姿のポスターも届いています。
映画、早くみたいですね。
「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~」が
2011年2月11日より公開されます。
もう予告編がでているんですって!?
オフィシャルサイトで15秒の動画もありました。
映画、早くみたいですね。
大場書簡の榮が、満洲からサイパンに渡り、
そこでアメリカ軍と最期まで戦った模様は、
『タッポーチョ 「敵ながら天晴れ」大場隊の勇戦512日』 (1982 年): ドン・ジョーンズ作
に書かれています。
英語版は「OBA、 THE LAST SAMURAI」
終戦後も勇敢に戦った大場隊47人の姿が、当時米兵だった作者に感銘を与え、
「SAMURAI」精神を感じさせたんですね。
当時のアメリカ新聞にも、その凛々しい姿が報道されています。
敵だったアメリカ人が出版したという事も、とてもフェアな態度に心うたれます。
この本は、今では絶版となっていますが、
私の町の図書館にはありました。
【追記】 2011年2月5日再販
ネットで探すと、感動的な部分が紹介されています。
作者と大場氏は、敵味方に分かれて戦った間柄ながら、その後友好を深め、
出版後もサイパンの慰霊祭に参加もしています。
日米の平和のかけ橋ですね。
映画「太平洋の奇跡」の原本です。
そこでアメリカ軍と最期まで戦った模様は、
『タッポーチョ 「敵ながら天晴れ」大場隊の勇戦512日』 (1982 年): ドン・ジョーンズ作
に書かれています。
英語版は「OBA、 THE LAST SAMURAI」
終戦後も勇敢に戦った大場隊47人の姿が、当時米兵だった作者に感銘を与え、
「SAMURAI」精神を感じさせたんですね。
当時のアメリカ新聞にも、その凛々しい姿が報道されています。
敵だったアメリカ人が出版したという事も、とてもフェアな態度に心うたれます。
この本は、今では絶版となっていますが、
私の町の図書館にはありました。
【追記】 2011年2月5日再販
ネットで探すと、感動的な部分が紹介されています。
作者と大場氏は、敵味方に分かれて戦った間柄ながら、その後友好を深め、
出版後もサイパンの慰霊祭に参加もしています。
日米の平和のかけ橋ですね。
映画「太平洋の奇跡」の原本です。
何しろ、70年も前の手紙の束です。
すごい量!
そして、旧仮名づかい。
膨大な作業量を想うと、眩暈がしそうでございます。
でも、
ラブレターなんですよね。ウフフ
もともとがお手紙だから、
見られるなんて考えてないものなんですよね。
だから、赤裸々な一人で待つ身の寂しさや、
懐かしい二人だけの思い出話が
そして秘話など
いっぱいでてきます。
ちょっと覗き見してるみたいな気分です。
少しずつ紹介していきますね。
すごい量!
そして、旧仮名づかい。
膨大な作業量を想うと、眩暈がしそうでございます。
でも、
ラブレターなんですよね。ウフフ
もともとがお手紙だから、
見られるなんて考えてないものなんですよね。
だから、赤裸々な一人で待つ身の寂しさや、
懐かしい二人だけの思い出話が
そして秘話など
いっぱいでてきます。
ちょっと覗き見してるみたいな気分です。
少しずつ紹介していきますね。
直前に新聞報道などもあったおかげで
大盛況・・・・というか、
用意した資料が足りなかったり、
湯茶の準備もドタバタしており、ご迷惑かけました。
参加者は、大場書簡プロジェクトメンバーのほか、
大場家関係者、地元東三河マスコミも各社,NHKテレビ豊橋局も来て、30名近くの方に参加いただきました。
マスコミ各社とも、翌日もしくはすぐに報道していただき、
この活動が広く知られることとなりました。
参考:マスコミ記事カテゴリー
第2回目は、手紙原本も一部、会場に展示しました。
手紙主の息子さんからもご挨拶いただきましたし
大場家関係者の方にも会の活動を知っていただきました。
作業の様子屋。今後の予定も・・・・・・
(予定通り行けるか、心配ですけど・・・・・)
「戦火のラブレター」として新聞各紙に報道されました。
東愛知新聞 2010.8/25より
蒲郡と満州との間で交わされた大場夫妻の往復書簡
約70年前の日中戦争時の4年間に、満州など戦地の夫と、蒲郡(当時の宝飯郡三谷町)の妻との間で交わされた往復書簡を「戦火のラブレター」と題し、文に綴(つづ)られた意味などを現代語に校正する活動が蒲郡、豊橋の両市民で進められている。出版社社長・水谷真理さん=豊橋市=は7日、多くの協力者を求めようと蒲郡市勤労福祉会館で経過報告会を開く。
往復書簡は同市出身で元大尉の大場栄さん(1914-1992)と妻・峯子さん(1912-1992)との間で婚前の37年から結婚後の41年までの間、約1200通を交わしたとされる。今年5月、蒲郡市豊岡町に住む遺族の次男・久充さん方で見つかった。
旧仮名遣いと草書体で書かれていることから、水谷さんが久充さんの承諾を得て後世に残すための資料にしようと、先月から蒲郡と豊橋の市民10人で校正する活動を行っている。
栄さんは34年に徴兵され、豊橋第18連隊に配属。幹部候補生として軍事訓練を受けて翌年に満州国に。43年には大尉に進級した。
書簡は当時の軍事郵便として戦地と蒲郡との間に交わされた。いずれも「検閲済み」の印や、差出人を証明する印章もある。
夫婦の間に37年、長男が生まれ、栄さんは戦地に赴いているために顔を見ることができないものの、「軍人の子どもとして恥ずかしくない教育を」と伝え、峯子さんも「背の君 栄様」と愛情を示す書き出しや、近くの神社に無事を祈っていることを書き綴っているという。
水谷さんは「息子を授かっても離ればなれとならなければならなかった新婚夫婦が愛を深めるためのラブレターとも受け取ることもできる」と分析。「家族を鼓舞して自らも奮い立たせる文面や、当時の蒲郡の描写もあり貴重な資料となる」と話している。
校正は始まったばかり。27日午後1時半から蒲郡市勤労福祉会館で経過報告会を開いて、多くの参加者を募って製本化を目指している。
◇
栄さんは大尉に昇格後、歩兵第18連隊衛生隊長としてサイパン島に出征。1944(昭和19)年6月のサイパンの戦いで日本軍は玉砕されたが、島のタッポーチョ山にゲリラ戦線を張り、翌45年12月に軍からの降伏命令書を受けてアメリカ軍に降伏した。
このゲリラ戦線の模様を知った元米兵・ドン・ジョーンズ氏が82年12月に小説「タッポーチョ」を出版。小説を原作に平山秀幸氏を監督に「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男」として映画化されることになった。栄さん役に俳優・竹野内豊さんが演じ、来年2月の上映を目指してロケが行われている。
竹野内さんが役作りのために今年5月、久充さん方を訪れ、栄さんの墓参りをした。往復書簡はその際に発見された。
(安藤聡)
東愛知新聞 2010.8/25より
蒲郡と満州との間で交わされた大場夫妻の往復書簡
約70年前の日中戦争時の4年間に、満州など戦地の夫と、蒲郡(当時の宝飯郡三谷町)の妻との間で交わされた往復書簡を「戦火のラブレター」と題し、文に綴(つづ)られた意味などを現代語に校正する活動が蒲郡、豊橋の両市民で進められている。出版社社長・水谷真理さん=豊橋市=は7日、多くの協力者を求めようと蒲郡市勤労福祉会館で経過報告会を開く。
往復書簡は同市出身で元大尉の大場栄さん(1914-1992)と妻・峯子さん(1912-1992)との間で婚前の37年から結婚後の41年までの間、約1200通を交わしたとされる。今年5月、蒲郡市豊岡町に住む遺族の次男・久充さん方で見つかった。
旧仮名遣いと草書体で書かれていることから、水谷さんが久充さんの承諾を得て後世に残すための資料にしようと、先月から蒲郡と豊橋の市民10人で校正する活動を行っている。
栄さんは34年に徴兵され、豊橋第18連隊に配属。幹部候補生として軍事訓練を受けて翌年に満州国に。43年には大尉に進級した。
書簡は当時の軍事郵便として戦地と蒲郡との間に交わされた。いずれも「検閲済み」の印や、差出人を証明する印章もある。
夫婦の間に37年、長男が生まれ、栄さんは戦地に赴いているために顔を見ることができないものの、「軍人の子どもとして恥ずかしくない教育を」と伝え、峯子さんも「背の君 栄様」と愛情を示す書き出しや、近くの神社に無事を祈っていることを書き綴っているという。
水谷さんは「息子を授かっても離ればなれとならなければならなかった新婚夫婦が愛を深めるためのラブレターとも受け取ることもできる」と分析。「家族を鼓舞して自らも奮い立たせる文面や、当時の蒲郡の描写もあり貴重な資料となる」と話している。
校正は始まったばかり。27日午後1時半から蒲郡市勤労福祉会館で経過報告会を開いて、多くの参加者を募って製本化を目指している。
◇
栄さんは大尉に昇格後、歩兵第18連隊衛生隊長としてサイパン島に出征。1944(昭和19)年6月のサイパンの戦いで日本軍は玉砕されたが、島のタッポーチョ山にゲリラ戦線を張り、翌45年12月に軍からの降伏命令書を受けてアメリカ軍に降伏した。
このゲリラ戦線の模様を知った元米兵・ドン・ジョーンズ氏が82年12月に小説「タッポーチョ」を出版。小説を原作に平山秀幸氏を監督に「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男」として映画化されることになった。栄さん役に俳優・竹野内豊さんが演じ、来年2月の上映を目指してロケが行われている。
竹野内さんが役作りのために今年5月、久充さん方を訪れ、栄さんの墓参りをした。往復書簡はその際に発見された。
(安藤聡)
「戦火のラブレター」として新聞各紙に報道されました。
東日 2010.8.23

東日 2010.8.23
| 戦火のラブレター出版目指す | |
この兵士は蒲郡市豊岡町出身の大場栄さんで、教師上がりの陸軍少尉として1937年に日中戦争に出征。妻の峰子さんとの総数1200通以上もの往復書簡は37年から41年にかけて交わされ、丹念に互いの近況や心境をつづった。 大場さんは、日本の敗戦が決定的となった44年にサイパン島に転進したが、まもなく物量ともに勝る連合国軍に囲まれ、日本軍は玉砕した。 大尉に昇進して中隊を率いていた大場さんは、部下46人とともに巧みな戦術を駆使して最後まで生き延び、同島のタッポーチョ山を拠点にゲリラ戦を展開。約3カ月半も終戦を知らずに戦い続けた末に投降した。 大場隊の勇敢な戦いぶりは米軍兵士をも感動させ、海兵隊員だった故ドン・ジョーンズさんが戦後、手記「タッポーチョ『敵ながら天晴(あっぱれ)大場隊の勇戦512日』を発表。82年に邦訳「タッポーチョ」が出版され、評判となった。 戦後、蒲郡市に戻った大場さんは家業の繊維業を継ぎ、市議会議員を3期務め、92年に79歳で亡くなった。同年に亡くなった峰子さんの実兄の孫に当たる平野啓一郎さんは「日蝕」で芥川賞を受賞。文才のDNAを感じさせる。 今春、邦訳を原作とする映画「太平洋の奇跡―フォックスと呼ばれた男」(竹野内豊主演、来春公開)の撮影が始まったのがきっかけで遺族が自宅で発見。夫妻の三男の久充さんと友人だった水谷さんに託された。 往復書簡を「戦火のラブレター」と名づけた水谷さんは、読み解く会の会員を募るため、27日午後1時30分から蒲郡市神明町の勤労福祉会館で経過報告会を開く。 |
「大場書簡を読み解く会」発足の経緯
(「大場書簡を読み解く会ニュース1号」 2010.7/29発行より)
(「大場書簡を読み解く会ニュース1号」 2010.7/29発行より)
「竹野内豊って俳優知ってる?」という一言から始まったこの仕事の話をS氏(これから出版)から聞いたのは、4月29日。山奥の市民団体の企画の会場で出会った時でした。
その俳優が主演の映画のモデルになっている実在の大場栄という人物が、蒲郡出身だということ、第二次世界大戦の玉砕地・サイパンでの闘いぶりが米軍兵士に感銘を与え、本も出版されていること、「タッポーチョ」での闘いは、食料も武器も十分にない島で終戦後も500日の余続いたことなど、そして映画化の動きの中で大場大尉が満州時代に妻と交わした手紙が段ボール一杯あることを発見したことなど、かいつまんで説明を受けました。
私の第一印象は、「へえ、そんな凄い人が蒲郡にいたんだ。しかも70年も前の手紙が残っているってレアじゃない?」という感じで、興味を持ち、なかなか意味ある仕事になりそうだと、手紙の出版のお手伝いをすることになりました。
実際に、段ボールに入った手紙の山を見せていただいたのが5月末、数百枚に上る膨大なコピーの山が手元に来たのが6月ももう中旬くらいに入った頃だったでしょうか。思ったほどでもなく字も読み易いかなとは思えども、その作業にかかる時間はざっと見積もっても・・・・秋に終わるなんてちょっと不可能じゃない?う~む。とあれこれで、大場書簡プロジェクトを立ち上げる、ということになりました。
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プロフィール
HN:
大場書簡を読み解く会
性別:
非公開
自己紹介:
2011年2月に出版。
引用文の無断コピーはご遠慮下さい。
「大場書簡を読み解く会」
senkanoloveletter@live.jp
引用文の無断コピーはご遠慮下さい。
「大場書簡を読み解く会」
senkanoloveletter@live.jp
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