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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
吉田方小学校栄が勤めていた頃、
五号という学区の端にある官舎に
暮らしていました。
が降ると、水たまりができて
学校に通う子どもたちを、
村の人が牛車に乗せて送って行ったような所でした。
今では堤防もできてしまっていますが、
その頃は、川べりでよく釣りもしていたようです。
豊川(とよがわ)・六条潟が近く
海産物に関わる方が多かったのでしょう。
五号の人から海苔を貰ったと
栄の手紙に出てきます。
また、峯子も
一弘を連れて六条潟に潮干狩りに行きたいが、、、
と、懐かしがっています。
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吉田方の子どもたち
by 大場書簡を読み解く会 URL 2011/04/08(Fri)19:22 Edit
kazozさんへ
コメントありがとうございます。(^0^)♪
当時と学区(校区)が変わっているかもしれませんが、
4月はきっと今と同じように、
真新しい靴とカバンの一年生も
希望に燃えて
学校へ通ったのでしょうね。
無題
by kazoz 2011/04/08(Fri)18:07 Edit
今夕、吉田方小学校の横を通りました。低学年の子供達が20人程バス停に並んでいました。この子達は五号に住んでいるのかもしれません、昔は牛車で学校に通ったのよ!と教えて上げたら面白がるでしょうと思いました。
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2011年2月に出版。
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