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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
峯子が三谷小学校に勤務していた1941年(昭和16年)
それまでの尋常小学校から制度が変わります。
国民学校令(昭和16年勅令第148号)に基づいて、
6年の初等科と2年の高等科からなる国民学校となります。
初等科はそれまでの尋常小学校などを母体とし、
高等科はそれまでの高等小学校などを母体としていました。
国民学校令の施行とともに、
それまでの尋常小学校・高等小学校・尋常高等小学校は
すべて国民学校とされています。

国民学校は、同盟国である
ナチス党政権以降のドイツの初等教育に起源をもつと言われ、
「子供が鍛錬をする場」と位置づけられ、
国に対する奉仕の心を持った
「少国民」の育成がめざされていたともいわれています。
軍国少年を育成していたんですね。


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「当時の社会」
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2011年2月に出版。
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