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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
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栄は、無事サイパンから帰国した後、
事業家や政治家としても活躍しています。
峯子の父は、三谷町長を務めています。
お二人とも教師だった時代もありますしね。
そんな家系ですから、
そのお身内に、市議会議員や芥川賞作家がいたりしても
驚きません?(オドロイテネww)
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五号というのは、豊橋市内なんですが、
栄が吉田方小学校の教師をしていた頃の官舎で
峯子たちが暮らした新婚時代の「愛の巣」。

しばらく行っていないので、
草で荒れているんじゃないか、
ネズミの棲みかになっていないかと
心配しながら。
でも、峯子は
いまも五号で暮らす人たちに会えば
あの頃が思い出されて
今の寂しさに耐える辛さに、
足が向かないとも言っています。

離れ離れの生活をしてみて
あの頃の幸せをしみじみ感じ
五号の思い出は何度も書かれています。

(こんなにすぐに別れるって分かっていたら)
もっとかわいがっていただくんだったとか
わがままを言ってすみませんでした。
帰っていらしたら、今度はもっと良い妻になるわ、とか
恋人時代の、蒲郡海岸からやり直しいたしましょう・・・・

現大場家メンバーとサイパン旅行に行った
編集長からの土産話に、
ご当地のフリーペーパーに紹介された
「タッポーチョ 敵ながら天晴大場隊の勇戦512日」。

今年の9月号のHAFADAI表紙です。
11月号には、映画のポスターも載っていました。
タッポーチョ山頂やメモリアル記念館には、
大場大尉がアメリカ軍司令官に軍刀を手渡すショットが
大きく掲げられていたとも。

「太平洋の奇跡~foxと呼ばれた男~」はサイパン上映もあるんでしょうか・・・?
戦場の様子は、軍事機密が漏れないか検閲もあって
詳しくは書けなかったようです。
漢口攻略戦線かと思われる部分は
伏せ字の○○で、こんな記述になっています。

栄の手紙より一部引用===
○○開始してより五日目、
まず○○を根壕とする兵力五千、新編○○軍を血祭にあげ
その後長江を溯上、○○に上陸。
○○より○○攻略の第一線に○○する筈です。
一昨日より一小部落に○○中。今夕より○○します。
元気のよい○○師団の銃剣術の気合が、
クリークの向こうから朝の静けさを破って聞こえて来ます。


軍からの手紙は、「軍事郵便」として
機密が漏れないかチェックしていたのでしょうね。
場所やら作戦やら
詳しい事は書けないので、文面が○○(伏せ字)だらけのお手紙もあります。
何のことやら意味不明。
でも、なんとなく分かる書き方をしていますよね。
ちょっと笑えます。

==
13年秋 栄の手紙より
島倉君は○○出来る様な便りを
僕の所にもよこしています。
御一同どんなにか○○の事と察します


年末ごろ 栄の手紙より
目下○○警備です。
どこの何という事は軍秘上書けませんが、
まず、○○の近所と思っていたらいいでしょう。
○○とは勿論漢口の事です。
昭和の道具を探すついでに、もうひとつ。

学校とか役場の勤め先で
峯子は事務仕事にタイプも打っていたようです。
「職業婦人」だったんだからね、
オーエルとかオフィスレディとかじゃなく。
英文タイプと違って
和文タイプライターって、
文字数が多いので、デカイ!?
こんなふうに使うワープロが普及するまでは、こんなの使っていたらしい。
現代ほどは音楽は溢れていませんでしたが、
女工さんたちも休日には映画や音楽を楽しんだようです。
当時の蓄音機はどんなんだったんでしょう?

こんなマークの会社の蓄音機だったかも。

峯子が聴いたのか、女工さんの宿舎から漏れ聴こえてきたのか
映画「人妻椿」(小島政二郎の小説・映画:作詞:高橋掬太郎 作曲:竹岡信幸)のレコードの話。
そして、歌詞にある佳子の気持ちに
自身をなぞらえています。

==
昭和13年7月 峯子の手紙より
明日は公休なので、蓄音器を遅くまでかけています。

  いとしの妻よ泣くじゃ無い
      例へ別れて住めばとて
仰ぐみ空に照る月は   
 西も東も同じ事
    浮世の風よ吹くじゃ無い
     巡り合うまで帰るまで
      吹けば涙の白露に
        濡れて傷付く紅椿

大好きなあの歌が微に聞こえて来ます。
人妻椿の佳子の様に、私も一弘を抱いて
健気に貴方様のお帰りをお待ちしています。
浮世の風よ、峯子達にも静にあれ。
峯子は、三谷の実家で暮らしていた日々
妹の洋裁を手伝っていたことがあります。
当時のミシンは、足踏み式。

こんな感じのミシンだったんじゃないでしょうか?
今は電気で動くのばっかりだから、
足踏みミシンなんて見たことないですか?
三河大島は、無人島です。
夏の間だけ渡船が出て
海水浴客を運びます。

勤めに出ている頃は
夏休みの間も峯子は忙しく
なかなか長男を連れては
行けなかった年もありました。
でも、
まだ結婚前でしょうか
家族で行った海水浴で
峯子は
栄の水着姿に惚れこんでいたようですね。
その時の思い出話が、とてもセクシーです。
戦地はあれこれ不自由ですから
家族からたびたび慰問品を送っています。

栄は、写真の他に何度も催促しているのは、
好物の「辛いせんべい」。
たまりせんべいでしょうか?
あられみたいなの?
蒲郡のお店で求められたと思いますが、
どこのおせんべい屋さんなのかなぁ。

でも、個包装では無かったでしょうから、
湿らないよう
缶に入れて送っていたみたいですね。
峯子の手紙に、
今回は適当な空き缶が手に入らないので
次に送ります
などと書いています。
戦地での栄の大きな楽しみのひとつは
長男:一弘くんの成長です。
出征した時はまだ半年ばかりの時で
おしゃべりもあんよもできない頃。
どんなに大きくなっただろうかと
たびたび、写真を送れと催促しています。
もちろん、最愛の妻、峯子の写真も。

当時のカメラは高級品ですから
今のように誰でも簡単に写せるような時代ではなく、
写真屋さんで撮って貰ったわけですが、
どのくらい代金がかかったのでしょうね。
峯子のわずかな俸給や小遣いでは、
結構懐具合が心配されるくらいだったのではないでしょうか。
毎回のお便りは、夏秋冬、季節の言葉から始まります。
なかなかに、その表現が通り一遍でなく、素敵です。

たとえば秋には===

草陰にすだく虫の音も、今宵は殊更に繁く、
秋も益々更けてまいりました。


とか

黄金色の海原もぼつぼつ刈り取られ始められて、
農家の多忙な時となりました。


あるいは、

今日もまた、すきとおるような青い大空! 
晩秋にしては珍しい程、麗な日のみ続きます。
もう間もなく秋も行こうとしております。
あの日から三度、
木枯しの冬が訪れようとしております。


====

お手紙は、素敵に文学的です。
御系列に、芥川賞作家がみえるというのも
納得でききますことと存じます。
峯子の手紙は、終始一貫丁寧な言葉遣いで統一されています。

こんな感じ===
お便りで伺いますとご多忙なご様子、
炎暑の折柄、お体に障りはいたしませぬかと案じられます。
ご無理なさいませぬようお願い申し上げます。


とか

七月始めに短い御便りに接しましたのみ、
その後、また御無音でいらっしゃいますのは、
まだ野戦にて日夜御奮闘の御事と御労苦の程、
お察し申し上げます。


====
普段でも、こんな言葉遣いだったのでしょうか。
「御」が多すぎる~?
書き言葉なので、多少会話とは違うとはいえ、
夫として敬いを込めていますね。
アクセス数1,000
(自分で踏んでしまいましたが・・・・^^;)
おめでとうございます。ww


ついでに、ラッキーセブンもww


今後も、どうぞ
取りとめもなく
思いつくままに
アトランダムに更新しますので、
何が出てくるのか
ご期待下さいませ。w
栄と峯子をつなぐ一粒種の長男
栄は、戦地からとても子どもの事を気にして
あれこれ、教育方針を示します。


教育だけはしっかりやって下さい
言葉遣から其の他一切留守中あづかって
自慢して俺に見せれる様に。


女の子ならお前に任せる、といった辺り
当時の一般的な考えだったのでしょうが、
現代なら、ジェンダー(社会的・文化的な性 のありよう)
少々違和感ありますけど。
昔、日本間には、夏蚊帳を吊るための金具が
鴨居のところに付いてましたけど
今でもあります?
あまり蚊帳(かや)なんて見かけませんが
お宅ではお使いですか?

栄のいるところは、暑くて
5月になると、もう
蚊やハエが沢山いてかなわん、と
言っています。
マラリアの危険な蚊もいるような所ですが、
蚊帳がないので、布をかぶって寝ていたそうです。
峯子には、蚊帳の思い出があって
それも、白くて裾の青い蚊帳。
新婚時代の
二人の思い出が
蚊帳の中に詰まっているみたいです。

「青い蚊帳」
いくつかの思い出のキーワードのひとつです。
来年上映の映画「太平洋の奇跡」のポスターですが、
あまりに大きすぎて
家では貼れないサイズのものを
「大場書簡を読み解く会」メンバーさんの
勤務先に貼っていただいております。

インパクトありますね。
栄は内地から来た手紙を
どうやって保管していたんでしょうね。
手紙はどんどん溜っていきます。

発見された時には
封筒から出した状態で、
便箋だけがぶ厚く綴じてありました。
持ち歩いていたのでしょうか。

お手紙の中からその様子の分かる部分が出てきました。
昭和14年の年末のころのものと思われます。

一部引用===
10222 栄 
荷物が沢山あるので困ります。
一切家を持って帰るのですからね。
冬服、靴、その他で、将校行李が一ぱいでやり切れません。
峯子から来た手紙でも相当ありますからね。
過日表紙をつけて整理しましたら、

三日と開けずにお手紙を書いている感じがするのですが
1週間に一度くらいの頻度で
お手紙は書かれています。
でも、戦地への郵便は、
そうすぐには届きません。
時々、奥地に入って行く時なのでしょう
「しばらく手紙が書けない」と
知らせてくることもありました。
進軍している最中はもちろん
それどころではない筈ですし、
どうやって郵便事業をしていたんでしょうね。
内地から軍宛てのものは、
番地でなく、所属の隊名で出していますが、
進軍中は、場所がどんどん奥地へ移動するので
届けたり受け取るのが困難だった事でしょう。
届く順番も前後するのも、珍しくなかったようです。
戦地からのものは軍事郵便と書かれています。

検閲済の印もありますね。航空便もあります。
時折、遺骨の護衛や
新兵引率などで内地にいく兵隊に
託して行き来することもあるみたいですね。

しかし、
三谷祭に海へ入る山車は四つ。
上区、西区、北区、中区の
順に並んで控えます。

絢爛豪華な山車。
氏子たちが各地区の伝統に従い
躍ります。

七福神プラスお狐さま

長い毛槍
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HN:
大場書簡を読み解く会
性別:
非公開
自己紹介:
2011年2月に出版。
引用文の無断コピーはご遠慮下さい。

「大場書簡を読み解く会」
senkanoloveletter@live.jp
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