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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
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昭和の初期から10年代の写真は
当然白黒ですが、
写真屋さんで撮ったものは比較的きれいに保存されています。
が、写真マニアの自宅で現像したものは、
定着が悪いと、薄くなって判別不能・・・・だったりします。
実家にもそういう写真が何枚もあって、
全部消えてしまわないうちに
スキャンしてデータ保存した事が以前にあります。

昨日は、峯子さんの親戚筋の方にお会いして
昔の写真を見せていただきました。
きれいにアルバムに貼ってあり
いろいろお話を伺うこともできました。
お手紙の登場人物の当時のお写真もたくさんありましたし
その後成長したお姿も。
何枚かをお借りしてきました。
たくさんあって
全部はご紹介できないと思いますけれど・・・
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峯子は、妹の洋裁を手伝って
栄の妹たちのコートを仕立てたり
もう手には入りにくくなってしまった純毛の
毛糸で編み物などもしたようです。

出来上がったセーターは、
慰問品として戦地にまで届けられます。
しかし、11月末に出た峯子の荷は、
栄の所属部隊が変わったことも加わり
12月になっても届かず
早く送らないと春になると言われながら、
ようやく栄の手に渡ったのは、翌年の1月。
戦傷のため入院中のベッドで
手編みのセーターを着ることができるようになったのです。
栄の感謝の言葉が、なかなか良いです。

== 一部引用 ==
栄の手紙より 10073
君の真心のセーターが大変温かい。
峯子の温かさがセーターを通して体に感じる様な気がする


=====







慰問品に要求したのは、辛いせんべいで、
食べものの好みは辛党?でも
討伐から帰ってきたときには、シルコを飲んでいたりします。
両党?
お酒については、長い戦闘生活で好みが変わったよう?です。

=== 一部引用 ===
峯子 156
三、四本傾けないと、面白くなれないとのお便り拝見いたしましけれど、
軍のお疲れからおっしゃる事とは存じますが、
お別れいたしましてから、随分お強くおなりの事と不安に存じます。
 五号にお住いの頃は、飲むというより
「なめる」と言う言葉にふさわしい程でいらっしゃった方が・・・・・
そんなに召し上がって、御体に障りはしないかと案じられます。


=== 一部引用 ここまで ===
栄の手紙では、峯子にいろいろ要求を出しています。
峯子の髪形について言及している部分では、
栄は、艶やかなボタンの花より梅の花の美しさを愛でていた?

=== 栄の手紙より 一部引用 ===
栄 10063 
夏かけたパーマネントが消えて来たそうな。
もうよせ。パーマネントより、
やはり何とか名古屋で見た最初の髪の方がいい。
牡丹の美しさより梅の方がいい。
あでやかな美より静かな美を俺はよく好する。
その意味において、黒紋付はいいかも知れん。
顔からして、峯子は華でやかなものより落付いたものが似合う。 
栄さんのご兄弟、峯子さんの兄妹などの子どもさんが
大勢いらっしゃいます。
そして、蒲郡市内に住居を構えていらっしゃる方々が
結構みえます。
そのうちの何人かにお会いして
当時のお話を伺いました。
しかし、現在60代の方々は
そのころ、まだ幼児期~子どもだった訳ですが
記憶が鮮明で、
あれこれ知らないことも教えていただきました。

また、思い出ツアーができそうかも?
戦場の模様を伝える手紙もあります。
前線で奮闘している様子が分かります。
栄の怪我がほぼ治り退院した頃の手紙から
====
空爆は、物凄いですね。
全く何というか、天地がひっくり返るとはこの事をいうだろうと思われます。
戦車も勇敢です。
敵の二、三十メートル前までガターガター進んで行って、
ドカア~ンと砲を撃ち打込むですから、
トーチカも何も一度にふっとびます。
その後を、俺達が突込むんですが、戦車が来ると力強いです。けど、地雷は困るです。
俺の目の前で、戦車が地雷にやられる所を見た事もあるが、
あいつはかなわんです。
ヒル~ストーンの自連砲も怖いですね。

慰問品にたびたび入れてくれと催促のある
「辛いせんべい」
それから「タバコ」
タバコは兵士と付きもののようで、
ポケットには必ず一箱入っていたみたい?
手紙の中にも登場する
映画「五人の斥候兵」の1シーンに
慰問品のタバコが登場しています。
ゴールデンバットが人気銘柄のようで、
一番に吸うというのが、
いつ戦闘があるやもしれぬ兵士らしい選択。

でも、峯子は、
吸い過ぎ気味の栄の
健康を心配しています。
=== 一部引用 ===
峯子 00196
三谷のお父様も、
あんなにお好きでした煙草を止めておしまいになり
(中略)喘息のような不気味な咳は
もう一寸も出ないようになりました。
無理にとは申し兼ねますけれど、
貴方様もこの便りをお読みになってその気になって下されば、
貴方様のご健康の為にどんなに嬉しい事でしょうと存じます。

ラジオは、昭和の初期から10年代には
何軒かに1台はあったようで、
中流以上の家庭にはかなり普及していたらしい。
こんな感じのラジオだったかも。
峯子は、実家でも
ラヂオニ(ュ)ースの戦況放送を
良く聞いています。

新聞では、場所や隊の名前が伏せ字になっていることもあるようですが、
ラジオでは、どうやって放送していたんでしょうね~?
栄の手紙の中に、
満洲で歌い馴染んだ軍歌「討匪行」というのがあります。
この歌を聞くと、雪の北満で防寒帽につつまれて訓練された頃が
思い出されるのだそうです。

どんな歌詞なんでしょう。
討匪行」作詞 関東軍/八木沼丈夫・作曲 藤原義江

1番
 どこまで続く 泥濘(ぬかるみ)ぞ 三日二夜を 食もなく 雨降りしぶく 鉄かぶと 雨降りしぶく 鉄かぶと

2番
 嘶(いななく)く声も 絶えはてて 倒れし馬の たてがみを かたみと今は 別れ来ぬ かたみと今は 別れ来ぬ

3番
 ひずめのあとに 乱れ咲く 秋草の花 雫して 虫が音 ほそき日暮れ空 虫が音 ほそき日暮れ空

4番
 既に煙草は なくなりぬ 頼むマッチも 濡れはてぬ 飢せまる夜の 寒さかな 飢せまる夜の 寒さかな

・・・と15番まで続くようです。

5番以下は、
私の持っている戦争時代のイメージというのは、
君死にたもうなかれとか
戦後の困窮した耐乏生活とか
塗りつぶされた教科書だったらしいとか
外来語のカタカナは使ってはいけなかった窮屈な時代とか
たいしたものは無いんです。
それが、お手紙の中では、
ラヂオニュースとかタイプライターとかマイアミーとか、
カタカナ言葉(外来語)結構出てきて
「え? 使っちゃいけないんじゃなかったの?」
と一瞬戸惑いました。
よく考えてみれば、
栄のお手紙の頃の対戦相手というのは
「支那」でアメリカじゃなかったんです、まだ。
だから、その考えを当てはめて
漢字使えないことになったら・・・・・
日本語書けませんわねwwww
アホらしいこと。

ともかく、断片的な知識しかなかったことに
あらためて恥ずかしくなりました。
「太平洋の奇跡」オフィシャルページにて、
映画制作報告会」11/9記者会見の模様もアップされていますね。
出演者のコメントも記載されています。
その中で、
ショーン・マクゴーウァン氏の発言:
 65年前に実際に日米が戦争をしていたということが
 今考えると本当に信じ難いことです。
私達が、第二次世界大戦の戦闘服を着て撮影をはじめた時、
 竹野内豊さんとお互いを見つめ合って、
 「戦っているのではなくて俳優として
 この役を演じているだけなのがどれだけラッキーなのか」
 ということを本当にしみじみと思いました。

竹野内豊氏の発言:
 投降式の日、あの日から1世紀も経っていないのに
 こうやって協力し合って、この戦争映画を作れるということは
 本当に素晴らしいことだと思います。
 戦争を二度と繰り返してはいけないとか、
 そういうこと以上に、
 その当時生きていた方達の存在は絶対に忘れて欲しくないなと、
 大場さんを演じながらすごく感じていました。

全文はオフィシャルページ・レポートにてご覧ください。

この映画が、単なる戦争映画でなく、
平和のメッセージであることが皆様に伝わりますように・・・


たびたび出てくる思い出の中でも、
蜜柑の思い出は、
とても甘美に響きます。
文面の中には、「」マークを伴うことが多く
込められた思いの深さが感じられます。

どの木なのか、今では
弾丸列車のコースに当たり
切られてしまっているようなのですが・・・・

===一部引用===
峯子 16年2月頃

牧山から帰る途中で、
いつぞやの蜜柑畑に廻って見て来ました。
弾丸列車の通る杭がもう入っていました。
麦もまだ伸びないで、
麦畑の真ん中で蜜柑の木のみ数本
寒むざむとしていましたけれど、
峯子の胸には、
数年前の思い出が甦り胸の血潮が熱く湧き上がりました。
あの時の幸せを羨んで見ていたでしょう蜜柑の木は?!
昭和15年の年末から16年初頭のお手紙に、
弾丸列車」の話題があります。
計画は14年に出来ていたもののようですが、
実際に測量等工事にかかって民間に知られるようになったのは
15年ぐらいのことらしい。
新幹線?って早とちりしましたが、
東三河のおおむねのコースは、この戦前の弾丸列車計画の時に
買収確保した所を通って新幹線ができたらしいですね。
豊橋駅が高架でなく唯一地上駅だという今朝の
東日に、弾丸列車の言葉が出てきてちょっとびっくり。

=== 峯子のお手紙(75)より 一部引用 ===
15年12/29 峯子
十カ年計画で下関から東京まで
東海道線に平行にもう一本鉄道線路が出来ます由。
内々で測量しておられます。
弾丸の様に早くて五カ所位停車するだけの弾丸列車とか? 
ちょうどあの辺を通りますのよ。
お手紙の中には、読み取れなかったり
分からない言葉が出てきたりします。
そのたびに、検索をかけたり、YOUTUBEで探したりと
結構時間とられるんですね。
不鮮明な部分を、前後をヒントにして探偵ごっこ。
作業は遅々として進まず・・・・・

今日は、文面に軍歌が出てきて、
どんなのかなぁ~なんて
「滿洲行進曲」とか「露營の夢」とか「討匪行」なんて
(字も読めませんが~)
歌詞調べたりしていたんですよ。
そしたら、びっくりした事に、
夢に父が出てきて
「死んで帰ってこい」とか言うんです。
死ぬ気で戦争に行くのは、まあしょうがないとして
本当に、可愛い息子に父が言う言葉か?
とオドロキました。


マスコミ各紙で、映画「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~」の
製作会見の記事が載り、
「大場栄」名が広く知られ渡ることになりました。
大場書簡にも興味を持っていただけるかしら?
中日スポーツ2010.11/10

オフィシャルサイトでもムービーがアップされています。

大陸は寒暖が厳しく、雨の降り続く寒い季節は
春を待ちわびる栄です。

==== 栄の手紙(10089)より一部引用===
前略。
昨日来の雨もどうやら晴れそうです。
太陽が雲間に笑顔を見せています。
大陸は内地と違って、雨が降ると泥濘(ぬかるみ)化して
外に出るのに大変困る。
早く天気にならんかなあと、いつも思っている。
その昔ですと、雨降りで一日という事もあったですが、
今はちょっとそれはないです。
毎日割合暖かいのが取り柄です。
晩秋の乱雲が飛ぶと、何となく寒いような気がします。
大陸の天地でも、やはり春花や草の萠出てくる時が恋しいです。
春、ふるいつきたい様なビロード色した山肌を眺めていると、
ほんとにあの上に寝ころんで、
思い切り大気を吸ってみたいような欲望にかられます。
冬の来るこの頃、そんな楽しい時期の無いのが残念です。


峯子も春を待ちわびています。
映画の予告編もできてみると
話がごっちゃになりそうですが、
映画はサイパンに行ってからの時代の話になります。
お手紙は、榮がサイパンに渡る前の
日中事変の頃に交されたものです。

文面の中には、映像の中に表現されていない
家庭人としての栄
父としての栄
人間としての栄が
沢山あるように思います。
そして、家庭で銃後を守る峯子の
健気な、そして素直な女心に
とても魅かれます。
映画「太平洋の奇跡」の予告編をYOUTUBEで見つけました。

posta-2
ううむ、戦闘シーン迫力あります。
コワイヨ(TT)

11月6日upみたいですが、
さすが、竹野内ファンは目ざといですね。
わたしは、ファンサイトから発見したんですけどね。wwww
前回の記事に書いたように、栄は何度も戦傷を負いますが、
運よく軽傷で生き延びてきます。

== 一部引用 ==
栄 15年冬
こんなに軽傷で済んだのは、
君達のお陰と感謝しています


峯子 15年 旧正月
今日は旧のお元日です。
お母様は村の方々とご一緒に、
蒲郡中の神社巡りをいたしていて下さいますので、朝から留守でございます。
お父様には、雨の朝も雪の夜も毎日二回は必ず五社巡りをして下さいます。
ご信心の厚い事は近辺に有名な事実でございます。
親心の有難さ! 
良き親の許に生を受けた貴方様は幸いでございます


===
戦場ですから、特に激しい戦闘では、
かなりの怪我人や戦死者が随分出ます。
栄の隊は、最前線で活躍しているので
戦死者も出るし、栄自身も
何度も銃弾に倒れています。
しかし、そのたび栄は幸運にも復帰してきます。

=== 栄の手紙より 一部引用 ===
また戦傷しました。軽傷です。
正月までには退院出来るだろう。
戦争に馴れた関係か、どうも弾の怖さを忘れていけません。
弾の来る中をゆうゆうと歩く様になったから、どうもやられ易いです。
隊長がそう伏せてばかりいては指揮はとれないし。
第一、兵隊の志気が上がりませんからね。
よく気をつけねばいけないと、負傷してからつくづく思います。
しかし負傷には運の好い男です。
今度も骨をかすっているのですから。
もう1㎝も違ったら腕が砕け散ったにね。
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HN:
大場書簡を読み解く会
性別:
非公開
自己紹介:
2011年2月に出版。
引用文の無断コピーはご遠慮下さい。

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