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日中戦争(昭和12年)前から太平洋戦争サイパン島に渡る前までの七年間にわたって交された数百通の大場榮と峯子の往復書簡。戦地と故郷とを行き来するラブレターから当時の様子を垣間見る。 栄のサイパン島での活躍は「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」「タッポーチョ 敵ながら天晴 大場隊の勇戦512日」をご覧ください。
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行軍中は、まともな食事も取れず、
怪我をして後送される時にも「トラックの中で飯もなく」
という状態もあったようです。
隊の食事はたいていは不味いようで、
支那人が売りに来るきゅうり(3~5本が10銭くらい)を買って
漬物でも漬けようかと思うが思うように塩がないとも言っています。
また、婦人雑誌の美味しそうな料理を見て、
帰ったら食べたいので研究しておけなどとも書いています。
時々、気分がよいと、こんな冗談も言っています。
 ==一部引用==
栄10246
「一度ハヤシライスか天丼でも食いたくなりました。
天ぷらが一度食べたいです。
暑いから、氷の天ぷらなら尚良いです。
氷の天ぷらでも送って貰えんかな。」


 ====ここまで
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栄は戦場で怪我をしたり、戦地で病気になったり
五度も入院しています。
そのたび、峯子は心配もし、もどかしさも感じているのです。
お側にいたら看病もできるのに・・・・と。
知り合いの夫婦で、
帰還後もあれこれ病気になった夫を看病する妻を
気の毒に思うより、仲睦まじさを羨ましがっています。
栄の戦傷に、
峯子に翼があったなら、
野超え山越え海越えて飛んで行って介抱したいと、
表現しています。

愛は海も山も越えるのですね。
所属している食べ物関係のイベントですが、
主催者から許可を得てPRさせてもらえるということになり、
急きょパネルを作りました。

もう、今日なんだけど・・・・
(ドロナワっ(^^;)
昭和12年~、上海上陸から中国大陸奥地まで
日本軍は進軍していきます。
栄所属の豊橋歩兵18連隊は、その最前線にいました。
戦場は、凄まじく、犠牲者も多く
食事も摂らず不眠不休で毎日十数里の行軍という
過酷な状況でした。

栄の最初の戦傷は、
13年の5月16日、徐州作戦で右足を撃たれます。
右腿軟部貫通、右腿観際過傷。然し御心配無用です。傷は極めて軽傷です。」

!!峯子はどんなにか心配した事でしょう。
栄は、きっと部下にも慕われた上司だったと思います。
周囲の人に対する気配り
花を愛でる優しさ
妻や子どもへの愛情豊かな方だったのですから。
時には拗ねたり妻に当たったりしていますが
長く戦場にいて「心が荒(すさ)んで」いても
峯子の手紙に癒されています。
軍人の世界では、
一度口に出したら曲がっていても変えないというような
部分もあるのですが、
栄は怒りをぶつけて
手紙が届いたり峯子が謝ればすぐ
軍人の世界ではそうはしないんだがと言い訳しつつ
「さっきのは取り消す」とか
「言ったらすぐ忘れるから気にするな」とか。
文面にも、強い事を言う一方で、とりなしたりしている部分が
良く見えます。

「大場栄さん」って、
本当に気遣いの人だったんでしょうね。

先にもご案内しましたが、
東三河でも、試写会が予定されています。
当「大場書簡を読み解く会」には、
豊橋ホリディスクエア・ユナイテッドシネマの試写会応募券が回ってきました。

2011年 2月7日(月)18:30~の予定です。
限定の応募を受け付けるようです

抽選なのでね~。
外れたら、11日からの公開上映でご覧下さいね。
全国一斉ロードショーです。
中部地区の上映劇場案内はこちら
まだ幼児の長男は、「トウチャン」が「写真の人」の頃
新聞や町などで軍服姿の人を見かけると
「トウチャン」と呼んでしまいます。
無理もありませんね。
それとは違うかもしれませんが、
駅などで兵隊の姿を見かけると
栄ではないかしらとドキッとしたり
「あなたのお帰り」という
あり得ない期待を抱いている峯子です。
そのたび、
振りかえって「全然知らない人でガッカリ」するのです。

お互いの愛情を測る温度計があったら
峯子の方の水銀がずっと上がると
峯子は書いています。
栄の手紙の中に、時折自筆の絵が入っています。
子どもや峯子の絵などですが、
鉛筆書きで、結構うまいんじゃない、これ。
とても微笑ましいです。
便箋の余白に、
怪我の場所の解説や、
官舎の部屋の見取り図とかもあったりしました。
本にどのくらい入るのか分かりませんが、
ご紹介したいですね。

太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」の一般公開は2011年2月11日からですが、
東京での試写会は、「太平洋の奇跡」オフィシャルでアナウンスしていましたが、
東三河でも、試写会が予定されています。
豊川コロナシネマワールド豊橋ホリディスクエア・ユナイテッドシネマで2011年早々の予定です。
限定の応募を受け付けるようです。
岡崎でも試写会がある模様。
詳細は分かり次第、記載します。
栄は、婚家でひとり「よそ者」の峯子を心配します。
自分は血縁だから悪者になっても
お前は父母に気に入られないといけないからと
病気がちで農作業のできない「嫁」の峯子を
かばいます。
父に宛てた手紙に、その辺りがよく表れています。
一方で、
寂しさの為病気になってしまう峯子には
「お前の気持ちは良く分かるが
これもお務めだ、耐えなければいけない。
晴れの凱旋まで待て」と励ましています。
栄が怪我をしたときにも、親兄弟親戚には
大したことないから黙っておけとか
もう治ったと言えとか、
心配をかけまいとしています。
こんな細かい気遣いを戦地に行っても
配慮してるなんて、栄の人柄が偲ばれます。

地域の方々に、
「大場栄」という方を知っていただこうと
展示会を考えています。
来年2011年1月~2月初旬。
詳細はまだこれからですが、
決まり次第お知らせしていきます。
峯子は長男と二人で栄の帰還を
実家で待っています。
しかし実家には兄夫婦や妹たちもいます。
兄嫁の子どもも増え
妹たちは結婚もし、出産もして
長男一弘の周りには
従兄たちがどんどん増えていきます
特に兄夫婦の長男とは、兄弟のように
毎日喧嘩しながら一緒に遊んで育ちます。
従兄が「トウチャン」と呼ぶ伯父を
同じように「トウチャン」と呼んで、
「おじちゃんですよ」と訂正する
夫不在故の寂しさを峯子は何度味わったことでしょう。
2~3歳ぐらいになると、
自転車の背中に子どもを乗せている父子に
羨望のまなざしを注ぐ峯子です。









栄も峯子も、
なかなかに筆の運びが美しく、
四季折々の自然の表現も詩的です。

月夜には、
遠い異国で故郷を想いながら手紙を書く栄に、
「支那の月に、峯子が写っていませんか?」
と峯子は書き送ります。
厳しい冬を超え待ち望んだ春には、
萌え出る若芽の色を愛で
「振るいつきたくなるような芽に
 ビロード色に色づく山肌!」と
春の訪れの喜びを書き表します。

全部は出版分に入らないと思いますが、
少しずつこちらでも紹介していきましょうね。
喧嘩というか、栄の苛立ちというか
時々そんな怒りを峯子にぶつけます。
戦地で何よりうれしい峯子からの便りが届かないというのが
その理由です。
筆不精と詰られるには、あまりに可愛そうなくらい
峯子はマメにお手紙していると思うのですが、
「隣の将校には毎日のように手紙が届くのに、お前は・・・」と、ご立腹です。
多くは郵便事情の遅れによるものだったり、
隊が変更になったことで
転送の時間がかかったりしているようなのですけれど。
「軍人の嫁の資格は無い」「商家に嫁に行け!」
(子供が駄々をこねているように見えるのですがww ^^)
など、キツイお叱りに峯子は胸を痛めます。
17年の正月には
峯子:「これからは、心を入れ替えて、
5日に一度は手紙を書きますからお許しください」
と約束もするのですが、
忙しさにかまけてなかなかお約束も守れません。
ついには栄:「いくら言っても聞かないお前に、あきらめ」ています。
栄は、手紙が来ないとただ忙しいだけなのか、
病気ではないかと心配もして、事情を知らせよと言っています。
やっぱり、愛すればこそなのですね。
手紙の中に時々歌の話が出てきます。
「妻恋道中」(好いた女房に三行半を・・・)
とか「人妻椿」とか、
吉良の仁吉の浪花節とか?歌謡曲も歌ったらしい。
当時の軍歌も、出てきます。

ドンジョーンズ作「タッポーチョ」によると、
山を下りてくる時に、栄(歩兵たち)が好きだった
歩兵の本領」を歌いながら行進したとあります。
きっと映画「太平洋の奇跡」でも歌われるのでしょう。
時折、分からない単語がありますが
兵隊さんの気合いが込められた歌詞ですね。

こんな歌詞↓(ウィキペディアより)
作詞:加藤明勝 作曲:永井建子(「小楠公」より)

1)万朶(ばんだ)の桜か襟の色
 花は隅田に嵐吹く
 大和男子(やまとおのこ)と生まれなば
 散兵戔(さんぺいせん)の花と散れ

1)(後に変更された歌詞)
 万朶(ばんだ)の桜か襟の色
 花は吉野に嵐吹く
 大和男子(やまとおのこ)と生まれなば
 散兵戔(さんぺいせん)の花と散れ

どっちでしょうかしら?
2番以下は、
恋人だった頃、
栄が勤務していた御津南学校で行われた正月(旧正月:注 暦)行事に
峯子を誘った「御津南のおでん」が
お手紙に時折出てきます。
バザーや模擬店が出たような感じですから
きっと地域の行事として
近隣の住民もたくさん出て賑わったことでしょう。
峯子は当時の事を「そぞろに胸の痛くなる思い」と書いています。
何があったのでしょうか?
「今思うと、相当心臓が強かったと感心」もするのです。
栄も「恋は盲目」で、
「夢中で君を案内したが、
今はあんな元気はないの」とも。
ちょっと気になりますね(^▽^)V
長い間離れて暮らしている二人。
時には行き違いから、
手紙紙上で喧嘩もしたりすることがあっても
やはり、強い愛情で結ばれているのですもの。
共通の思い出、
恋人時代は紀元節の蒲郡海岸から始まっているようです。
(これって、映画「太平洋の奇跡」公開の日? なんだか不思議ですね~♪)
清い交際」の恋人の頃を思い出し、
今度お会いできたら、また恋人時代からやり直しましょうと・・・
ずっとずっと想い続けているんですね。
===一部引用===
峯子 16年3月
数年前の紀元節を思い起こして下さいませ。
広い広い海を眺め、白帆を数えた日のあった事を! 
今度お会いした時! 
またあの頃の様な初心な、
そして純な恋人としてお目に掛れる様な気がいたします。
もう一度恋人時代からやりましょうね。
長い別居生活が、貴方を夫と見るより恋人。
お怒りになるかしら。
だってお便りだけで三年間結ばれているんですもの・・・・
いっちにっ、いっちにっで歩んでおります。
少し駆け足にしないとね。

まだ明るい光は射してきてはいませんが
泥沼からは脱した感じはいたします。

泥沼という言葉から、
戦闘中の行軍で、泥濘の中を
腰までつかりながらの様子を
新聞の写真で見て、
戦地の栄の苦労を思い描く峯子を想い浮かべています。
軍歌「討匪行」にも、「ぬかるみ」という言葉がありますね。
子どもが幼稚園に行くぐらいの年齢になると
たびたび栄は峯子宛以外に
子ども宛ての手紙を書いています。

毎日なにをして遊んでいますか?
お母さんの言う事を聞いて
良い子になってください。
元気で遊びなさい。
とか。

子どもも、父親の存在が
「朝晩手を合わせる写真のヒト」だけでない父親像を
抱いていたようです。

======
峯子の手紙 15年~16年頃?

一弘ちゃんのところへ、お便り有難うございました。
お父さまの御便りは、坊やの教育材料に、
とても効果百パーセントでございます。
昨日お便りを二遍読み聞かせました。
その時の真剣な姿。
一字一句にも、子供の神経には
鋭く響きますのには、今更驚きました。
アクセスカウンターの回転速度が
今日は、なぜか急に10倍で回ってます。
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プロフィール
HN:
大場書簡を読み解く会
性別:
非公開
自己紹介:
2011年2月に出版。
引用文の無断コピーはご遠慮下さい。

「大場書簡を読み解く会」
senkanoloveletter@live.jp
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